死体になって働く前に、逃げろ
「泣けなかった」と気づいた夜、私は自分がもう骸骨だと思った。 夜勤明けに観た映画で、号泣するシーンがあった。隣の席の人はぽろぽろ泣いていた。でも私の目は、完全に…
「泣けなかった」と気づいた夜、私は自分がもう骸骨だと思った。
夜勤明けに観た映画で、号泣するシーンがあった。隣の席の人はぽろぽろ泣いていた。でも私の目は、完全に乾いていた。
悲しくないわけじゃない。ただ、何かがもう動かなかった。
感情というエンジンが、とっくに止まっていたんだと思う。
笑えなくなった日から、骸骨は始まる。

急変しても、「あ、挿管ね」と体だけが動く。
ご家族が泣いていても、「面会時間あと10分」と頭が計算する。
人が死んでも、何も感じない。処置が終わった、という事実だけが残る。
冷酷になったわけじゃなかった。
脳が麻酔をかけていたんだ。あまりに辛すぎて、心が壊れないようにシャットアウトしていた。
『アンナチュラル』の骸骨ポスターを見たとき、なぜか笑えた。
ああ、これ、私だ。と思ったから。
肉を削ぎ落とされた骸骨。感情もユーモアも「今日しんどい」と言う権利も全部なくなって、ただ処置をこなす骨組みだけが残っている。
あなたも今、骸骨になっていませんか?
責任感が、いちばん深い毒だ。

「明日もあの病院に行かなきゃ」と思っただけで、動悸がした。
でも動けなかった。
「私が抜けたら現場が回らない」
「師長に何を言われるか」
「これまでの年数が無駄になる」
そういう言葉が、鎖みたいに足首に巻きついていた。
責任感がある人ほど、この毒に弱い。
マジでそう思う。
一人を犠牲にして回っている現場は、すでに崩壊している。なのに、崩壊を支えているのが自分だったりする。
私もそうだった。
腐りながら出勤して、腐りながら帰って、また腐りながら出勤する。
ミコトは言う。
「絶望している暇があったら、うまいもの食べて寝るかな」と。
ほんとにそれだよ、と思った。
骸骨になっても、骨だけは誰にも奪えない。
怖かったのは、「辞めたら私には何も残らない」という感覚だった。
でも、骸骨だって骨は残るでしょ。
あなたが夜勤で積み上げた判断力、患者の「なんかおかしい」を察知する感覚、急変のとき体が先に動く反射。それは履歴書に書けなくても、あなたの骨として刻まれている。
病院というハコがなくなっても、消えない。今の職場を離れても、奪われない。
場所を変えることは「捨てる」ことじゃない。
その骨を、別の場所で使うことだ。
死体になって働く前に、動いていい。

「辞めます」と言えない雰囲気自体が、もう異常だ。
感情が死んでいることに気づいたなら、それは「心の不自然死」の一歩手前のサインだ。構造は変えられなくても、居場所は変えられる。
骸骨のまま働き続ける必要は、どこにもない。
逃げることは、生存戦略だ。
noteでは書ききれなかった、骸骨ナースが「生きた人間」として再起するための具体的ステップは、ブログの方に詳しく置いておきました。👇
【アンナチュラル】骸骨ポスターの教訓|絶望するナースの生存戦略

※本記事は作品を元にした独自の考察です。
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