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「リブート」という言葉が、刺さった理由

2026年4月1日

日曜ドラマ「リブート」の最終回を見ながら、胸のどこかが締め付けられた。 「リブート」の登場人物たちは、整形で別人になることを選んだ。顔を変えて、過去を捨てて、他…

日曜ドラマ「リブート」の最終回を見ながら、胸のどこかが締め付けられた。

「リブート」の登場人物たちは、整形で別人になることを選んだ。顔を変えて、過去を捨てて、他人として生き直す物語。

でも私が引っかかったのは、そこじゃなかった。

別人になる必要なんてなかった。ずっと被っていた仮面に気づくだけでよかった。

私も、ずっと何かを被っていたんじゃないか。

誰かに見られていると気づいた瞬間、何かが切り替わる。声が大きくなる。声のトーンが変わる。気づいたときにはもう、「外向きの自分」が起動している。

意識してやっているわけじゃない。相手にとって都合のいい自分を、瞬時に作り上げてしまう。

そのくせ頭の中ではずっと、もう一人の自分が声をあげている。

今、人の目を気にしているな。目の前のことに集中しなきゃいけないのに。

止め方が、わからなかった。

INFJの「仮面の構造」、防護服を着たまま生活していた

看護師をやっていると、感染対策で防護服を着ることがある。

ガウン、手袋、マスク、フェイスシールド。

全部つけると、自分の体が「外界と遮断された」感じがする。動きにくい。息が少し苦しい。でもその装備がないと、患者を守れないし、自分も守れない。だから着る。

この気質を持つ人間が「外向きの仮面」を被る感覚は、あれにそっくりだと思っている。

(※ この気質について詳しくはこちら 👇)

職場では「頼りになる先輩」の仮面を被っていた。

後輩の話をよく聞いて、空気を読んで、場を収める。「あの人は安定してる」と見られていたと思う。

でも防護服と決定的に違うのは、仮面を着けていることを、自分で気づいていなかった、ということだ。

内側では全部見えていた。誰がいつ限界を迎えるか。この組織があと何ヶ月もつか。自分がどこに立てばギリギリ消耗しないで済むか。

表では「大丈夫ですよ」と言いながら、内側では常に計算していた。

これが二面性の正体だ。「優しさ」じゃなくて「精密なシミュレーション」。でもその二つは、同時に本物だった。

防護服は脱ごうと思えば脱げる。でも仮面は、「被っている」と気づくまで、脱ぎ方がわからない。

26年間、自分のことが「他人事」だった

かつて、この違和感を誰かに話そうとすら思わなかった。

「悩み」として認識すらできなかった。自分のことなのに、まるで他人事のようだった。

治療を優先する医療現場と、患者さんの本当の幸せの間でいつも板挟みになっていた。

「看護師としての役割」 を優先せざるを得ない自分と、 「本当の自分が思うこと」 の間で。その葛藤は、誰にも言わなかった。悩みだと気づいていなかったから。

26年間、そうだった。

(※ 葛藤を、初めて言葉にした記事はこちら 👇)

消耗しない働き方と、仮面の外し方について。看護師26年の視点からブログでも書いています。 ▶ ナースXのカンファレンス室はこちら

40歳を過ぎて、はじめて自分を見た

転換点は、40歳を過ぎた頃だった。

膨大な業務、医師との板挟み、重い責任。「日々を回すだけで精一杯な、このままでいいのか」と、はじめて自問した。

本を読んだ。AIと話した。自分を多面的に分析し始めた。

すると少しずつ、自分への理解と確信が深まっていった。

「私はこういう人間だ」 という輪郭が、ぼんやりとではなく、はっきりと見えてきた。

仮面を被っていたことを、そこでやっと知った。

リブートは「新しい自分になること」じゃない

リセットだと思っていた時期があった。過去を捨てて、全部やり直す。でもそれは一度も成功しなかった。

当たり前だ。26年の経験も、この気質も、仮面の下に積み上げてきたものも、消せるものじゃない。消す必要もなかった。

リブートはそういうものじゃない。

防護服を脱いでも、中にいるのは同じ自分だ。でも、ずっと防護服を着たまま生活していたとしたら、、、

それを脱いだ瞬間、「あ、これが自分か」とわかる瞬間がある。

同じ自分のまま、ただもう一度起動し直す。データはそのまま。ただ動かし方を変える。それだけで、景色が変わった。

あなたへ

仮面を被っていることに、気づいていますか。

気づいていないなら、それはまだ「自分が他人事」の状態かもしれない。私も長い間そうだった。

自分の輪郭は、誰かに話すことでしか見えてこない。人でも、AIでも。声に出した言葉が、鏡になる。

リブートはそこから始まります。

初めての方はこちらです。よろしくお願いします。